あらびあーた。

慶應経済2年。バイトを辞め収入が0になったのでブログ始めました。思ったこと書く雑記blog。楽しんでいってください。

最近思っていること

〇人は表面的にしか物事を見ていないのがほとんど

例えば殺人事件の報道があったとして、ほとんどの奴が殺人した人をヤバい奴、キチガイとみなすだろう。でも殺した側だって殺人が立派な犯罪だってほとんど認識できているはずだ。そいつには自分が捕まって人生が終わる、そういった光景が脳裏に浮かんでもなお我慢できない相手に対する積もり積もった憎悪があったはずだ。捕まるとわかっていても我慢できない、理性による抑制つまりは自制心を壊すほどの憎しみ。僕はそれを経験していないが故にそれに晒される場面に遭遇する可能性が怖い。一人の人間として想像を超える様々な葛藤があったはずだ。殺人に至るそういった過程を捨象してヤバい、キチガイの一言で処理するのは人に対してはすごく冷酷な見方だなあって思う。もちろん殺人を肯定している訳では決してないし厳正に罰せられるべきなのは言うまでもない。ただここで言いたいのは上記の表面的な見方が現代のイデオロギーになりかけているのではないか、日常生活にもはびこっている気がして、そうだとしたら寂しいなあって思っている。

 

〇俯瞰的な視座を本当に俯瞰的に使っている人を僕は見たことがない

俯瞰的、客観的という言葉は主観を取り除いた点で人間的に成熟した大人なイメージを持つ。だからそういった人は冷静で称賛に値される場面が多い。でも僕はその様な視点を全ての事象に用いている人をまだ知らない。僕も含めて大体の人間は自分に都合の悪い事にだけ、それを否定したいから、欠点を粗さがしするために多角的に考えて俯瞰的視座を使う様に感じる。逆に自分に都合の良い事は何も疑問を持たず、鵜呑みしがちな気がする。本当に客観的な人間なら自分に都合が良い事にも多角的視座を用いるべきだ。客観的視点を使う対象を自分の基準で選別している時点でそこには主観が入ってしまっている、と思った。

 

今日はここまで

 

僕は中学生くらいから抽象方向にあーだこーだ物事を考えるのが好きなので、たまにこういう思考垂れ流しみたいなのも書こうと思います。共感するのも良し、何言ってんだこいつと思うのも良し、そもそも僕の思想を簡単に理解されては困ります。

読んでくれてありがとうございます。ではまた。